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私の喜寿の会

 2018-06-10
ご出席の皆様へ                         2018年6月7日
                           9日に喜寿を迎える田尾陽一

本日は思いもかけず、私の喜寿のお祝い会を開いていただき、ありがとうございます。私の喜寿を肴にして、ふくしま再生の今後の方向について大いに歓談いただければ幸いです。

私は1941年6月9日、米国留学で知り合った両親の子供として、日米開戦を目前にして母の故郷 横浜市で生まれ、1945年、父の故郷 広島県坂村の祖父母宅に疎開中に、爆心から9キロで原爆の爆発を目撃して以来、73年間を生きてきたことになります。1960年大学入学即60年安保闘争の駆け足デモとホッケー部入部の効果で、病弱だった子供時代よりも大変丈夫になった気がします。以来、加速器物理学研究、理学部山の会、ベトナム反戦運動、東大闘争、子ども相手の自然塾、地域活性化やIT系のベンチャー起業、地域あんしんシステムデザイン、世界の山岳登山、ふくしま再生の会活動と駆け抜けてきました。

私を動かしている動機はイデオロギーや宗教などの高尚なものではなく、すべて日常の中での感覚による”運動“とか”活動“のように思います。私は、何か変だ、好奇心がわく、思考を刺激される、などですぐ行動・運動を始める癖があるようです。かなりいろいろなことをやってきたように見えるのですが、そこに一貫する軸を整理することは、いまだに成功していません。「人間の日常的な共有空間で,自由な相互交流を通じて、創造的な思考を相互に刺激的に成長させていくことが面白い」とでもいえるでしょうか。最近では、これこそ民主主義の基本かもしれないと考えたりしています。ハンナ・アーレントの言う「公共空間」をみんなで創り社会の全体主義化を防ぐ、という考えに近いのではないか、などと大げさに自負したりしています。

4歳の広島と大学・大学院時代に,放射性物質・放射線との取り組みを体験してきた私は、現在の福島・飯舘村が3度目の集中的な取り組みとなりました。しかし、放射性物質・放射線だけでなくその生活・産業への深刻な影響を体験するのは、広島に次いで2度目と言えるでしょう。そして現代の政治・行政の責任者、関係専門家の知識・認識が、福島の被害地域住民の精神も含む生活全体への理解にほど遠いものであることを、改めて認識させられている毎日です。それは、50年前の東大闘争でも、ささやかな自己の将来展望を掛けて認識しようとしたものではあったのですが。

ふくしま再生の会に参加している飯舘村の住民・村外からのボランティア・研究者などの皆さんは、過去7年間の事実と経験の積み重ねの上に、今後の福島・飯舘村の再生の困難な道を切り開こうとしています。これらの道は、福島・飯舘村の再生だけではなく、その先に、現在のメルトダウンした日本社会と21世紀世界の政治・行政・経済・医療ケア・科学技術等の在り方の抜本的な再デザインの道を切り開くことになると思います。
現在飯舘村での私たちの協働活動は、次の新しいプロジェクトとして、農泊事業をきっかけとするコミュニティ再生事業、アートを軸とする村づくり、農学校構想の具体化などが思考・試行されています。本会にお集まりの方々のこれらの再生事業へのご支援・ご参加をよろしくお願いして、私のお礼のご挨拶といたします。。

真の文明は、山を荒らさず、川を荒らさず、村を破らず、人を殺さざるべし。 田中正造(1841-1913)
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「非核化」のまやかし

 2018-06-10
「非核化」のまやかし                2018.6.6 田尾陽一

近頃、米朝首脳会議について双方の駆け引きが、新聞紙面やTVを賑わしている。
1面トップに「非核化へ1歩前進」などという活字が躍ると、つい全世界の非核化が少しでも前進したのかなどと期待感が沸き起こる。そして、それが「北朝鮮の非核化」についての米朝の駆け引きだという現実に引き戻されると、がっかりする。
トランプや安倍晋三が、非核化と言うときは、「米英仏露中の核保有国」、実質保有国「インド、パキスタン」、隠れ保有国「イスラエル」を除く、北朝鮮・イラン・過去のアルジェリアなどのことを指している。彼らの頭にはそれ以外のイメージは一切ない。
私は、「非核化へ」というときは、全世界の非核化しか頭に浮かばない。

世界最大の核武装国のトップで、いつも核ボタンを握っているトランプ、その核の傘のもとに居させてほしいとトランプの足元に抱き着いている安倍晋三、彼らに「非核化へ前進」などと言われると、そのおぞましさにぞっとするのは私だけなのだろうか? 
なぜ日本の政治家・官僚・メディア・知識人が、これをおかしいと言わないのだろうか?
リアル(?)な国際政治状況、をよく知っている(?)から、「専門知識」を持っているから(?)だろうか? 

本来、日本の政治家・官僚・メディア・知識人が「朝鮮半島の非核化」を論ずるときには、このことに目をつぶるべきではない。核武装国とその傘を利用している国が、その他の国や地域の非核化を要求する時には、必ず同時に自国の非核化と核の傘から出る「方針とスケジュール」を明示するべきである。彼らは、世界の人々の常識に応える非核化の全体像を示し、一方的な圧力をかけるのではなく、自分たちを含む核政策を明示するべきである。これは当たり前のことである。

私は朝鮮半島の非核化を、南北朝鮮の首脳が一致した(ように見える)ことを歓迎する。
ただし、私は、南北朝鮮・日本列島・沖縄・台湾そして中国の非核化(東アジアの非核化)のイニシアティブを日本が取るべきであると考えている。何故それが出来ないかをとことん議論するべきである。もちろん東アジアの非核化を進めると同時に、アメリカ・中国・ロシアの非核化を並行して強く要求するべきである。さらに、英仏の非核化を要求することは当然である。

何故、日本政府(それを構成するすべての人間)、にそのような思考が働かないのか? 野党の大部分も含めて、そういうことを想定していないからである。日米安保体制に支配され、アメリカに従属し利益を得ることに慣れ切った政治・行政・産業の利害関係者の大勢は、日米安保体制に組み込まれて安住しているからである。構造的に思考を停止しているか、おかしな正当化の論理にしがみついているかである。官僚資本主義か市場資本主義かの多少のふらふらした選択肢を臭わす程度で、政策を考えているふりをしているだけである。そのような社会は、沖縄や福島の矛盾が見えてこない。日米安保体制下で、アメリカの顔色を見ながら中・露・南北朝鮮に高圧的な態度に出る程度の能力しかない。それが明治維新以降のアジア人差別意識に裏打ちされているから始末に負えない。経済成長と科学技術振興をお題目のように唱えるが、紙幣印刷所と化した日銀、政治家に忖度して国会での忖度説明や公文書の改ざんに明け暮れる官公庁、経営能力もなく事故や経営ミスでつぶれていく大企業、きちっとした現場の事実をつかむ能力のないメディア、が日常を支配している。それらを総合的にリードするべき与野党の政治家の低レベルは、いちいち論じるに値しない状況になっている。せいぜいオリンピックやとばくで、大きな矛盾をやり過ごそうとする知恵ぐらいしかないのが現状である。

知識人からごまかしの論理をこ難しく聞くより、ふくしまや沖縄の現地に入って、じっと自分の頭で思考した方が、この社会のおかしさに気づくのが早いのである。若い世代にその機会を作ることが教育の本質である。  (了)
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畦(あぜ)は農地か?

 2017-08-13
畦(あぜ)は農地か? 
2017年6月9日  田尾陽一
飯舘村を回わってみると、クレーコート化した田んぼとは対照的に周りの畦には草が青々と生えていることに気づく。それは環境省が、畦を除染しないことに決めているからである。農民が、畦の上から水田の状態を観察し、畦を通って田んぼに出入りする生活をしていることは、誰でも知っている。私たちは、畦の土壌放射能量が原発事故直後の状態のままであることを確かめている。畦の上の空間放射線量は除染後の田んぼより高めに出ること、そこの上にはえている草への放射能移行は少ないことなども確認している。現地の農民や農業専門家に聞くと、農地再生のためには畦を含む田んぼを除染する必要があるのは当然だが、さらに地力回復のためにはこれからも大変な努力が必要であるという意見が多い。

農地再生が目的であり、除染はその手段であることは自明である。
畦は農地である、畦のない田んぼはない。農地再生のためには畦も除染しなければならない。環境省が畦は農地ではない、農地再生に畦の除染は必要ないというなら、あるいは自分たちの除染事業では除染が目的で農地再生は目的でない、というなら、農民にそう説明し、納得してもらう責任があるだろう。

「福島の再生なくしては、日本の再生はない」と一見正しいが、内容が伴わない空疎な言葉をもてあそぶ総理大臣やころころ変わる無能な大臣が、これらの事実に無知で意思決定ができないのは自明なのだから、官僚が明確な答弁を準備しなければならないのである。大臣はそれを読めばよいわけだから。
それにしても、3兆5千億円という巨額な庶民の金を使って、環境再生のかなめである農地再生のために田んぼの除染をしてきた環境省は、なぜ畦を除染事業の対象から外したのか、、これから環境再生・農地再生のために何を行うのか、これで終わりなのか、出先の担当者に任せないで、農民に説明し納得してもらう責任があるのである。             了
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核兵器・核発電禁止条約の制定を推進するべきである。

 2017-03-03
核兵器・核発電禁止条約の制定を推進するべきである。           
2017.3.1 田尾陽一
私は、日本社会や世界に次の提案をしたいと考えている。
①世界中の核兵器の全面廃止・根絶と同時に、核発電(原子力発電)の全面廃止・根絶を実施する国際条約締結を目指す。
②そのために、まず日本で核兵器の全面廃止・根絶と同時に、核発電の全面廃止・根絶を実施する法律を成立させ実施する。

私がこのような提案を企図する背景には、核兵器と核発電は一つのシステムだと考えるからである。核兵器と核発電(原子力発電)が別物なのではと思っている人が多いが、実はそうではなくて核兵器を作るには核発電が必要不可欠なのである。「発電」を看板にするか「濃縮ウラン製造→核連鎖反応→プルトニュウム製造」を看板にするか、看板をかけ替えているだけで中身は同じなのである。技術的な中身とともにそれを支える政策・財政・
研究開発体制・科学技術人材が共通なのである。
日本政府や原子力村が、何故福島の現実を見ないふりをして、しゃにむに再稼働を急いでいるのか、国内だけでは原発関連産業の維持が困難なので原発輸出に必死になるのか。それはこれらが総合システムとして、核兵器保有のために不可欠であることを知っているからである。世界各国政府も、これは常識なのである。私たちは、世界の人々と手を携えて、これらの常識に立ち向かうべきであると考える。

1945年8月6日朝、4才の私は寝巻のまま、祖父と並んで広島県安芸郡坂村(現在坂町)の自宅の庭で空を見上げていた。朝から家の上空を、呉から広島の方角へ、アメリカ軍の飛行機が何機か通り過ぎていったからである。そして、いま思えば8時15分、広島湾の向こうで強烈な光の後にドーンと大きな音がした。いわゆるピカ・ドン(原爆)投下であった。家の表の入り口の扉は、その後しばらく開かなくなったほど強烈な振動だった。祖父は翌日帰ってこない親戚や知人を探しに市内に入り、10数年たってから1級原爆手帳(被爆者健康手帳)を持てるようになった。原爆投下後、目の前の江田島の海軍兵学校に残っていた兵隊の卵が訓練用のボートで被災者を、私たちの村の海岸に運んできた。海岸から村の小学校までの川沿いの道を、延々と被災者が歩いてきた。衣服がはぎとられやけどの人たちが教室までたどり着いた。国防服のままだが衣服が体からはがれないおじさんに、祖母が縋りついたのが記憶に残っている。祖母は、小学校の教室で被災者に赤チンらしいものを塗ったり、包帯らしきものをまいたりしていたので2級原爆手帳をもらうことになった。私は周りをうろうろしていただけなので、何ももらわなかったが。私の住んでいた村までたどり着いた被爆者は、次々と亡くなっていき、そのシャレコウベの山の写真が、広島平和資料館の出口の壁にかなりの間貼ってあったことを覚えている。

この私に縁のある広島を、2016年5月27日にアメリカのオバマ大統領が、安倍首相と手を携えて訪問した。広島の人たちが、あまり多くを語らず、批判的というよりは、なんとなく歓迎の姿勢を示したのは、私も感覚的には理解できる気がする。
私の村などは、明治以来アメリカに鉄道建設労働者として移民した人も多い。私の曽祖父母(祖母の両親)もカリフォルニアで亡くなっている。わたしの祖母は、両親がアメリカ移民、末の息子はニューギニアで戦死、長男(私の父)は戦前アメリカ留学その嫁(私の母)も留学生仲間という、「アメリカ派」である。そこにアメリカが原爆を落として広島の庶民を無差別に殺したのだから、この複雑な感情は県外の人にはよくわからないだろう。アメリカに反感と共に、何か親しみを持つ感情がその底にある複雑な気持ちがあると思う。

オバマ大統領の広島訪問に同行した安倍晋三首相は、大衆の目を意識しわざと緊張した表情をつくり政治的打算への期待の笑みを隠して、オバマ大統領に付き従っていた。二人の共通利害は、第2次世界大戦の敵味方であり、原爆を落とした国と落とされた国の現代の代表が、ともにヒロシマの地で、強固な核の傘の提供と沖縄の基地の提供を相互に確認しあう儀式を行い、中国とロシアへの脅しを表明するというものであった。「核なき世界」を訴え(オバマ)、「核兵器のない世界を実現する」(安倍)などときれいな言葉を並べているが、広島の被爆者の願いなどとは関係のない意図が見え隠れしている。
その二人が、願望だけなら誰も文句のない「核兵器のない世界」という言葉を言ってみせるという政治ショーに、被爆者と被爆死者を利用したことに、私は怒りを覚える。
原爆慰霊碑の前に立つオバマと安倍のすぐわきに、軍服のアメリカ軍人が核攻撃ボタンをすぐ押せるアタッシュケースを持って付き添っていたことを、朝日新聞5月31日付朝刊が報じている。その証拠写真は日本の外務省が提供したと注記しているのだから念がいっている。この機密核戦争開始用アタッシュケースは、アメリカ大統領が世界のどこにいても、数メートル以内に携行していることは公然の事実である。左手に世界への脅し核発射ボタン、右手に核なき世界のメッセージとは、誰が見ても民衆への詐欺である。

核兵器体制の下ではアメリカ人・日本人・中国人・ロシア人も被害者になると信じ、非核世界実現を願う被ばく者と、敵を殺す核兵器発射ボタンという脅し道具を手放せないオバマという、およそ相容れない立場の人間が抱擁するTV放映によって、世界を欺いてしまった。この場面は、被爆者の善意にもかかわらず、視聴率のために“人間的な”場面が好きな日本のメディアに利用され、それを政治的に利用する日米両政府にも好都合であった。日本のポピュリスト政治家と視聴率稼ぎのメディアによって、核抑止力が平和を守っているという虚偽と核発電が経済成長に不可欠という虚偽を庶民に信じさせ、破滅へ近づく現代社会の愚かさをごまかす結果となった

オバマが広島の被爆者に謝罪すべきか否かが、日米で大きな話題となった。私は、オバマが被爆者に謝罪できないなら、それもよいと思う。しかし、一般市民への大量破壊兵器・原爆投下は歴史的な誤りだったと、言ってくれればそれでよい。それを受けて、安倍は先の戦争で日本はアジアの人々への侵略と虐殺いう重大な誤りを行ってしまったと素直に表明すればよいと思う。

第2次世界大戦中にマンハッタン計画で核兵器を開発したアメリカが広島に投下したものは、純度の高いウラニュームを使うタイプであった。さらに長崎にはプルトニュームを使うタイプが投下された。ウラニュームの連鎖反応を一気に行う原爆の開発と並行して、ゆっくりウラニュームの連鎖反応を行い、プルトニュームを生産する方法が開発された。このプルトニューム製造装置が核発電所(原子力発電所)となったわけである。第2次世界大戦中に広島・長崎で、これら核兵器の人体実験とソ連への牽制を行ったアメリカは、戦後これを「平和利用」と称して各国に輸出し、マンハッタン計画に費やした莫大な戦費を回収しようと考えた。ただし、アメリカは、当初は核兵器を独占して世界の指導国になろうとしたが、ソ連・イギリス・フランス・中国の戦勝5か国が、相継いで核実験に成功するに従い、NPT体制(IAEAが世界を監視し、核武装を戦勝5か国に限定し、厳しい監視下で「核発電」のみを許すことにした仕組み)を推進した。
「核発電」の過程で必然的に生産されるプルトニュームの管理を、実質5か国中心のIAEAが行い、核兵器(プルトニューム型核兵器)の拡散を防ごうということである。イスラエル、南アフリカ(後にやめた)、インド、パキスタン、イラン、北朝鮮が、ひそかにあるいは公然とこの秩序に刃向かい、日本などもひそかにこの技術をため込んでいることは、公然の秘密である。簡単に言えば、「平和利用」の名のもとに、ウラニュームの連鎖反応を利用する「核発電」を行えば、プルトニュームが手に入り、核武装の準備ができるということである。この「核発電所」を世界に売り込もうと必死なのが、日本・中国・韓国などなのである。日本政府、原子力村を形成する大学・研究機関・企業などが組織の延命のために、核発電所を再稼働し、海外へ輸出したいと動き回っている背景には、この核武装の潜在力維持が暗黙の裡に含意されているのである。


背景資料
国連に提出されている核兵器禁止条約NWCの概要(Wikipedia)
目的  核兵器の全面廃止と根絶。ただし、平和のための原子力は禁じていない。
概要 1996年4月、NWCは「モデル核兵器禁止条約」(Model Nuclear Weapons Covention, mNWC)という名で、核兵器の廃絶を求める各国の法律家、科学者、軍縮の専門家、医師及び活動家らが参加する3つの国際NGOから構成されるコンソーシアムによって起草された。mNWCは、核軍縮の可能性を「法的、技術的、政治的要件に沿って検証する」こと目的としていた。1997年11月、mNWC(UN Doc. A/C.1/52/7)はコスタリカ政府により国際連合事務総長に届けられ、国連加盟国に配布された。
2007年4月、mNWCはNGOコンソーシアムを招集した核政策に関する法律家委員会(Lawyers' Committee on Nuclear Policy, LCNP)を通じ、コスタリカ及びマレーシア政府により核拡散防止条約(NPT)運用検討会議の第1回準備委員会(Preparatory Committee for the 2010 Review Conference of the Parties to the Treaty on the Non-Proliferation of Nuclear Weapons)で改訂版の「NWC」(UN Doc. A/62/650)として提出された。NWCは、以下の項目に渡って核の取扱いを禁止する。
開発(development),実験(testing),製造(production),備蓄(stockpiling),
移譲(transfer),使用(use),威嚇としての使用(threat of use)
2011年10月26日~31日、国連総会で軍縮・国際安全保障問題を扱う第一委員会は52の決議を採択した。このうちマレーシアなどが提出した核兵器禁止条約の交渉開始を求めた決議[1]が127ヵ国(昨年より6ヵ国多い)の賛成で採択された。

2015年5月の国連NPT再検討会議で、日本政府は107の国々が賛同したオーストリアの提唱した核兵器禁止文書に、アメリカに追随して反対した。


「核兵器禁止」日本は賛同せず 被爆国なのにどうして?【NPT再検討会議】
            The Huffington Post (2015年05月24日 14時12分 JST )
生物兵器、化学兵器、地雷、クラスター爆弾、これら非人道兵器は、国際的に使用が禁止されている条約がある。しかし、核兵器を禁止する条約は、未だ存在しない――4月下旬からニューヨークの国連本部で開催された核拡散防止条約(NPT)再検討会議では、核兵器の非人道性が中心議題の一つとなり、107の国々がオーストリアの提唱した核兵器禁止文書に賛同した。しかし、アメリカの「核の傘」の下にある日本は、アメリカに配慮して賛同せず、被爆国として核の恐ろしさを訴えながらも核を否定できないという「二面性」を見せた。
この文書は核兵器の廃絶・禁止に向けた法整備の必要性にも触れている。2月18日朝刊の中国新聞によると、外務省の関係者はこれまで、文書に賛同しない理由について「核の非人道性の議論が、核軍縮のプロセスを分断するものになってはならない」と説明したという。
外務省幹部の言う“核軍縮のプロセス”とは、「段階的なアプローチが唯一の現実的な選択肢」とするアメリカやイギリスなど核保有5大国のやり方を指す。これに対して、急速に核軍縮を目指す国も存在する。その一つがエジプトを中心とするアラブ諸国だ。
エジプトは1974年に「中東非核地帯構想」を提唱して以来国是としており、2010年には、「(中東の)いかなる国も、大量破壊兵器を保有することで安全が保障されることはない。安全保障は、公正で包括的な平和合意によってのみ確保される」と、自国の立場を明らかにした。
中東非核地帯構想にアラブ諸国は賛同するが、NPTに参加せず、核兵器を事実上保有するイスラエルは、「まず、イランなどに対して適用したあとで、イスラエルに適用すべき」というような趣旨の、アラブ諸国とは異なる立場を取る。
核の存在によって、中東地域でイスラエルが覇権を握ることを警戒するエジプトなどアラブ諸国は、2010年に開かれたNPT再検討会議で、中東の非核化を協議する国際会議を2012年に開催することを勧告する内容を条約に盛り込むことを条件に、NPTの無期限延長を受け入れた。しかし、会議が開かれれば、イスラエルの核保有が問題視されるため、結局国際会議が開かれていない。
今回のNPT再検討会議でも、エジプトらは2016年に中東非核化国際会議を開催することをNPTに盛り込もうと提案。しかし、アメリカがイスラエルを擁護して反発し、国際会議を開催する時期について検討期間がないことや、中東各国が平等の立場で、開催合意に至るプロセスが明確化されていない点などをあげ、国際会議の開催を強引に進めるとしてエジプトを名指しで非難。会議は決裂した。
約4週間にわたって行われた再検討会議の実りのない結末に、広島1区選出の岸田文雄外務相は「大変残念」と発言。しかし、核兵器を保有する中国や北朝鮮が身近にあることもあり、外務省は核の傘について、「社会においては、依然として核戦力を含む大規模な軍事力が存在している中で、日本の安全に万全を期すためには、核を含む米国の抑止力の提供が引き続き重要」としており、アメリカの核抑止力が必要だと説明している。
今回の日本政府の対応について国際NGOネットワークの核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN)は、「核兵器の恐怖を経験しているにもかかわらず、日本は核軍縮に向けた現実的なビジョンを説明することに失敗した」と指摘した。(The Huffington Post)
コメント
以上のような核兵器禁止条約NWCの現状について重要な第一のポイントは、この条約案が核兵器の全面廃止と根絶を目指しているが、平和のための原子力は禁じていないことである。第二のポイントは、日本政府がこの条約案に反対していることである。
ここで重要な言葉の使い方を指摘したい。「核兵器」という言葉は日本でも普通に使われる。しかし、「核発電」という言葉はない。英語では、Nuclear WeaponとNuclear Power Stationであり、「原子力発電」とは言わない。日本では、「核発電所」ではどぎついイメージなので、「核兵器」とはちがう平和的なものだと強調して「原子力発電」という言葉を使うのではないだろうか。(田尾陽一)

G7外務大臣7人が広島市を訪問 (2016年4月8日 朝日新聞)
2016年4月8日、来日中のG7外務大臣7人が広島市を訪問し、平和祈念館と原爆ドームを訪れ、広島宣言を発表した。その宣言では、核兵器保有国の意向を忖度し、「核の非人道性」を宣言に含めなかったそうだ。実際の宣言は「広島と長崎の人々は原爆投下により、甚大な壊滅と人的苦痛を経験したが、自らの街をこれほど見事に復興させた」と述べている。日本の外務省は、ここを「極めて甚大な壊滅と非人間的な苦難という結末を経験し」とわざと誤訳し、日本人に核保有国に媚びへつらった日本政府の姿勢を姑息にごまかそうとしていることを示している。日本政府の菅義偉官房長官は、「持たず、作らず、持ち込ませず」とする非核三原則を踏まえ、「政策上の方針として一切の核兵器を保有しないという原則を堅持している」と述べている。しかし一方安倍内閣は「日本が核兵器を保有、使用することについて憲法上、禁止されていないとする従来の政府見解を維持する」と再三述べている。これは明確に「憲法上は核兵器を持てるが、政策上は持てないことにして置く」という意味である。昨年、集団的自衛権の行使を容認する憲法解釈の変更を政策的に行った前科からすれば、どこかで政策的に核兵器保有に踏み切れるようにしておくという意図は明確である。


New York Timesの社説「言葉だけで核兵器のない世界はこない」
オバマ大統領広島訪問に際して
「我々は恐ろしい力に思いを致すために来た」とオバマは訪問の目的を述べた。彼は犠牲者を悼み、核兵器について世界的な「道徳的目覚め」を呼び掛けたが、もし核兵器のない世界への一歩をもたらす具体的な計画を表明していれば、メッセージはより力強いものとなったであろう。
オバマは謝罪しなかった。戦争の責任は日本にあることを確認した。オバマは「戦争を生んだのは最も素朴な部族の間で紛争の原因となったものと同じ、支配あるいは征服という基本的な本能であった」と述べた。安倍首相は日本も犠牲者であるように屡々歴史を書き換えようとするので、この点は重要である。
将来については、「広島と長崎が、核戦争の夜明けではなく、道徳的目覚めの始まりとして知られる」将来とし得ると述べた。「恐怖の論理から逃れ、核兵器のない世界を追求する勇気を持たねばならない」とも述べた。
オバマはロシアとの2010年の新START条約とイランとの核合意を遂げたが、軍縮に反対するロシア、包括的核実験禁止条約の批准に反対する上院、カットオフ条約の交渉を妨害するパキスタンのために、それ以上の前進は阻まれている。オバマ大統領も安倍総理も日本に積み上がっている47トンのプルトニウムの問題には触れなかった。日本による再処理の停止に向けての計画は歴史的訪問にふさわしい成果であり得たであろう。米国の空中発射核クルーズミサイル計画の破棄など他にも可能なイニシアチブがある。言葉だけでは核兵器のない世界はやって来ない。
‘Turning Words Into a Nuclear-Free Reality’(New York Times, May 27, 2016)
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 2017-01-25
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